【映画評】ふつうのこども – いつから自己責任になるのか

映画評

 

今回ご紹介する映画は、「ふつうのこども」です。

ぼくたちの哲学教室 | 映画「ぼくたちの哲学教室」2023.5.27(土)ユーロスペースほか全国順次ロードショー!
映画「ぼくたちの哲学教室」2023.5.27(土)ユーロスペースほか全国順次ロードショー!

ここ最近教育に関するドキュメンタリーを2つ見ていたのですが、「これもドキュメンタリーか?」と疑うほどのリアリティと、そのリアリティと共存するインパクトが印象的な一作でした。

 

 

「ふつうのこども」の感想

ここからネタバレを多分に含ませていただければと思いますので、気にする方はここで手を止めて、また試聴後に帰ってきていただければと思います。

 

 

 

 

まず見て思ったのが、

もし初めに

「3人の子どもたちが、環境問題に取り組まない社会と大人への反抗心から、牧場から牛を逃す作戦を決行する事件」

と聞いたら、どう感じますでしょうか?

 

突拍子もない?

非現実的?

その子どもたちはかなり変わっているのでは?

 

そんな感想を持つのではないでしょうか。

 

しかし本作を見ていると、本当にごくふつうの、よくいる子どもたちが、日常を過ごしていたら徐々にそんな流れの中に身を置いていく様子が描かれるのです。

 

そんなこどもたちのリアルな純粋性と鏡合わせの危うさをひしひしと感じつつ視聴を続けると、後半30分ほどでそのこどもたちの親が一同に集まり、一気に場面が展開します。

そこからはあっという間のフィナーレへ。

 

正直途中までは少し集中力も切れつつ見ていたのですが、最後視聴者を飲み込む展開は圧巻でした。

さて、ここから少し内容から発想を飛ばしながら感想を深掘りできればと思います。

 

いつから自己責任になるのか

今回の記事の副題にもさせていただいた、「いつから自己責任になるのか」という点を考えていきたいと思います。

何のことを言っているかと言いますと、本作品のクライマックス。

問題を起こした生徒3人の保護者と教員が揃って事件についての確認を行うシーンで、事件の言い出しっぺとなる女の子の母親がその本性を露にします。

 

その際、「この親だから、この女の子はこういう行動に出たんだな」とある種そこに因果関係を私たち視聴者は想定するかと思います。

そして同時に、「この女の子は可哀想であり、悪いのはこの親だ。」とも結論づけるのではないでしょうか。

 

しかしこの描写の中では、母親の首元のタトゥーが印象的にクローズアップされます。

 

そこで、いつ入れたのだろうか?どんな思いで入れたのだろうか?

そもそも、この母親はどんな人生を歩んだのだろうか?ということが気になりました。

 

というのも、大抵の場合、何か子どもが不祥事を起こし、その背景に親の問題があると親の責任が問われます。

しかしその親も、もともとは子どもであり、幼少期の経験が現在の心や行動に影響していることが多いように感じるからです。

であるならば、「その親が悪い」と断定することは少しアンフェではないでしょうか。

 

何かが起きた時、その原因を特定したくなるのは一つの人間の性のように感じますが、大抵の場合そんなに世界は単純ではなく。

「もしかしたら背景にいろんなことがあるのかもしれない」ということを常に想像するスペースは持ちたいなと感じました。

 

“ふつうの大人”は誰か

本作品のタイトルであるように、こどもたちは誰もがこの事件を起こす可能性も持ち合わせていると表現しているかと思いますが、一方で大人たちはどうなのでしょうか?

3人の保護者は3者3様の描かれ方をします。

ワーキングマザーの母親は少し過激に描かれていましたが、

3兄弟の母親も、少しは確かに問題はあるかもしれないけれど、根本は「こどもを守りたい」という気持ちからの言動であり、それを「悪い母親」だというレッテルを貼るのも厳しすぎる様に感じました。

同様に、育児本を最後まで読み切らないにしても、努力しようとしている主人公の母親も。

実際に、対談の中では以下の様な温かいメッセージが語られています。

 

>私たちは「ふつうの子ども」に「ふつうの大人」。…で、“ふつう”って何だ?(pintscope)

 

蒼井:恵子(蒼井優演じる主人公の母親)は、いわゆる“毒親”と呼ばれるような親でもなくて、育児放棄をしているとかでもない。裏付けされた闇みたいなものは何もなくて、明るく一生懸命に子育てをしているんです。ただ、空回っている(笑)。でも本人は特に悩んでる感じもない。

呉:私自身もそうですけど、親になると、「子どもの前ではこれをしてはいけない」とかいつも気にして生きている。だから、自然と「立派な大人って?」「ふつうって何だろう?」と考えることになるんですよね。でも、「そんなにパーフェクトな人っているのかな?」とも思っていて。(中略)

-この映画に登場する大人たちの、子どもたちの言動に戸惑ったり対応に迷ったりする姿を見て、私も安心しました。大人であっても必ず正解を持っているわけではないんだと。

呉:そう、この映画を観てホッとしてほしい、楽になってほしい、と思ってつくっていました。

 

個人的には、親新入りの私は「ホッとする」というよりかは、これから起こりうる様々な出来事に、「正しそうな対応」が存在しないことを改めて実感して「ドキドキする」気持ちになりましたが・・・

 

「ふつうのこども」の好きなシーン

特定のシーンではないのですが、カメラの画角が常にこども目線の少し低めに設定されていることで、子どもが見ている世界をより現実的に感じさせてくれるように感じて好きでした。

 

おわりに

子どもを育てることの難しさが伝わってくる一本です。

ご興味ある方は是非一度見てみてください!